2008年12月2日火曜日

「海からの贈りもの」

日常生活の中で自分を見失いそうになった時や日々の雑事に疲れきってしまい不安な気持ちが襲ってきたとき、ふいに読みたくなる本がある。もう何回くらい読んだだろうか?この本との出会いは新婚旅行で北海道に行くとき、(なんと仕事の取材のついでの旅だったので)同行していた方にすすめられて借りて読んだのがきっかけだった。読むたびごとに静けさと深いやすらぎをもたらしてくれる不思議な本でした。

『問題は、「女と仕事」や「女と家庭」や「女と自立」といったようなことだけではなく、もっと根源的なこと、つまり、気を散らさなければやっていけない生活の中で、どうすれば自分自身でいること、自分であることを失わずにいられるかということ、にある。

(中略)それには、どうしたらいいのか。こうすればいい、という答えはすぐに手に入るものではない。完全な答えもない。ただ、幾つかの手がかり、そう、海辺で拾った貝のような手がかりはある。

 にし貝のシンプルで、あるがままの美しさは、わたしに教えてくれる。答えのひとつ、あるいは問題を解決するための一歩は、自分の生活を簡素にして、気を散らす幾つかを切り捨てることなのだ、と。

(中略)どれだけ多くのもので、というのではなく、どれだけ少ないものでやっていけるか。わたしの生活に、またひとつ何か・・・仕事であれ、何であれ・・・を加えたくなった時に、「それはほんとうに必要なものか?」と自分に問いかけるために。』

こんな風にして、内なる静寂の海への旅は始まるのである・・・

人生は常に、難しいこと、辛いこと、喪うこと、悲しいことを次々と突きつけつづける。

そんな時には、自分のこころの海に還る時だということを知るのだ。

『わたしたちの中心にあるものから出発すれば、外側の幾重にもなった輪の周辺にあるもの、何か価値あるものを発見できるにちがいない。

その時わたしたちは、‘‘いま” ある喜びと、‘‘ここ” にある平和と、自分の内側にも外側にもある愛を取り戻すことができるだろう。

地上の楽園とは、そういったもので創られているのであるから。』

そう、海からの贈りものとは、ただ、わたしのこころのなかに、愛が息づいているのを知ることだ。人間の暮らしのどんな痛みや苦労のなかにも、決してなくなることのない愛、が。

そんなことを思い描いていると、ゆったりとした心地よさを感じるのである。まあそうはいっても、それは束の間のこころの旅!すぐにズボラ母ちゃんはガミガミ怒鳴ってしまい、内省の旅は終わりがないのであります・・・

参考文献  「海からの贈りもの」 アン・モロウ・リンドバーグ

ある冬のこもれびの暖かな日差しの中で

まだまだたくさんありますまごいもちゃん(山芋の小芋)の皮むきにおわれる毎日になってしまいました・・寒い台所でやっていると気がめいってしまうので、暖かな日のあたるところに移動してせっせと皮むきにいそしみました。こんなに下準備に手間がかかるとなるとやっぱり敬遠されてしまう気持ちも分からなくはないがせっかくの実りの産物を捨ててしまうのはかわいそうだし、もったいない!畑作りをやってはじめてわかる野菜のありがたみというかそれらのものすべてを生かし生長させてくれている大いなる力みたいなものにも自然と感謝の気持ちが湧いてくるから余計に無駄には出来ないのだ。と思いつつ、娘の保育所の役員会にも行かなければならないし・・と日常の雑事に翻弄されまくっています。

そんな時、ふと思い出すのが「モモ」(ミヒャエル・エンデ作)。これは、時間泥棒に盗まれた時間をモモという女の子がとり返しに行く物語。時間泥棒に追われたモモが、神様のいちばんの召使であるカメのカシオペイアに導かれて時間の神様のところに行くところで、時間泥棒がモモを捕まえようと必死になって追いかけてくるのだけれど、必死になればなるほど、モモがどんどん遠くなっていく。それもそのはず、時間の神様のところにつながっている道は、ゆっくり歩けば歩くほど早く進むのですもの。そうだよな~とすぐに焦りまくってしまう私はちょっぴり恥ずかしくなる。子どもにもよく言われるのだ。「なんでそんなにいそぐの?」と。たいていは、私がイライラし始めたときに。そんなふうにただ早く、早くとやっていても楽しくないしどっどと疲れてしまうのだ。願わくば、にっこり、ゆっくり、楽しみながら歩いて行きたいものだ。

お茶がらでおいしい!ふりかけが出来ました

我が家の住んでいる地域は茶どころ。家のまわりも茶畑だらけ。新緑の季節にはおいしい新茶が頂けます。こちらに住むようになってからずいぶんお茶好きになりました。子どもらも学校にお茶を水筒に入れて持っていくので、我が家では毎日でっかいやかんいっぱいにお茶を作ります。当然、たくさんの茶殻がでてくるのだが、いつもこの茶殻を見るたびにただ生ごみにするだけではもったいない!何かに使えないものかな~と思っていて時々ほうきで掃くときに撒いて見たりもしたがどうも続かない・・・
茶殻はおいしく食べれるらしいことを知り、少し抵抗があったが試しにおいしいかどうか作ってみることにした。
<作り方>
材料 水気を切ったお茶がら(お玉1杯位)小魚なんでもよい。ごま、ごま油、砂糖、酒、みりん、しょうゆ

①お茶がらは水分を切っておく(量が少しの時はこまめに絞ってフリージング袋に入れて冷凍保存しましょう)

②フライパンにごま油を熱し、お茶がらと小魚を炒める。

③砂糖、酒、みりんを各大さじ1、しょうゆ大さじ2を入れて炒め、水分がなくなったら火を止める。ごまをかけてできあがり。冷蔵庫の中に入れて常備菜として保存しておくと便利です。

お茶を飲むだけではとれないビタミンAとEも食べることでしっかりとれる!というおまけつき。
以外や以外!!思っていたよりずっとおいしい!お茶の葉にあまがらい味が良くしみ込んでいて噛めばかむほど味わい深い!やみつきになりそうな不思議な味。子どもたちにも試食をすすめたら見た目は、え~!って感じだったけど食べてびっくり?!しっかりとりこになってしまいきれいにたいらげてしまいました。
参考文献 「エコ・エコ料理とごみゼロ生活」 早野ひさこ